12月8日は日米開戦70年である。6日の朝日新聞も真珠湾攻撃を取り上げ、役所広司主演の「聯合艦隊司令長官山本五十六」(副題「太平洋戦争70年目の真実」)という映画の1シーンまでも載せている。
その記事に作家半藤一利氏は「国民的熱狂に走るなかれ」と題してコメントを寄せている。映画試写を見てのコメントか否か分からないが、山本五十六評であれば的確な題であろう。山本五十六にはいろいろな見方があろうが、大方の見方は日米開戦に反対しながら真珠湾攻撃を成功させ英雄視されていることであろう。又そのようなイメージが恣意的に形成された面も否めない。
しかし日米開戦に反対であれば、最後までそれを貫いて欲しかったと思う。山本五十六の最後は米軍に飛行計画の暗号を解読されブーゲンビル上空で待ち伏せされ撃墜されたらしいが、そのことがまた山本五十六への同情を誘い、戦後、美化され英雄視されているように思われる。そして今回の映画もまたそうではないかと思われる。しかし生きて敗戦を迎えておれば、A級戦犯として東京裁判で極刑は免れず、イメージは同じではなかったであろう。
一方海軍には同じく日米開戦反対の急先鋒で専守防衛を唱えた井上成美大将という人がいたと言われる。山本五十六とどちらが先見の明があったかと言えば、結果論であるが井上成美大将の方ではないだろうか。
『井上成美〔出典〕: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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井上 成美
1889年12月9日 - 1975年12月15日
渾名 三角定規[1]、剃刀[2]、沈黙の提督、最後の海軍大将
生誕地 宮城県仙台市
死没地 神奈川県横須賀市
所属組織 大日本帝国海軍
軍歴 1906年 - 1945年
最終階級 海軍大将
廟 多磨霊園
井上 成美(いのうえ しげよし、1889年(明治22年)12月9日 - 1975年(昭和50年)12月15日)は、日本の海軍軍人(兵37期)。最終階級は海軍大将。宮城県仙台市出身。
条約派の人脈に属し、米内光政(兵29期)、山本五十六(兵32期)らと共に日独伊三国軍事同盟、日米開戦に強硬に反対した。最後の海軍大将として知られたが、戦後はほとんど人前に出ずに生涯を終えた。
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「護憲+BBS」「明日へのビタミン!ちょっといい映画・本・音楽」より
厚顔の美少年